
どんなに革新的なアイデアも、それを本当に必要とし、価値を感じてくれる「顧客」が存在しなければ、ビジネスとして花開くことはありません。
顧客理解は、事業構想の成否を分けると言っても過言ではありません。
皆さんこんにちは、事業構想×生成AI活用アドバイザー(中小企業診断士)の津田です。
前回(第3回)は、AIと共にビジネスアイデアを発想し、言語化するステップを探求しました。
市場の課題や機会を探り、多様なアイデアを発散させ、有望なものを絞り込み、そしてコンセプトとして磨き上げる… AIがアイデア創出の強力な『触媒』となり得ることを感じていただけたのではないでしょうか?
さて、魅力的なビジネスアイデアの「種」が見つかったところで、次なる重要な問いは「そのアイデアは、いったい『誰』のためのものなのか?」です。
今回のテーマは、まさにこの「顧客理解」。生成AIという強力なパートナーと共に、あなたの未来のお客様の解像度を飛躍的に高める方法を探っていきましょう。
目次
なぜ「ジョブ→ペルソナ→セグメント」の順番なのか?
顧客理解のアプローチには様々な方法がありますが、このシリーズでは以下の順番で進めることをお勧めします。
1.顧客ジョブ(Jobs To Be Done: JTBD)の発見
顧客が本当に解決したい「用事」や「課題」、得たい「成果」は何か?
2.価値中心ペルソナの作成
そのジョブを持つ具体的な人物像は?
3.顧客セグメントの把握
そのペルソナが属する市場グループの特徴や規模は?
この順番で考えることで、まず顧客の「動機(顧客が片付けたい用事)」を深く理解し、次にその動機を持つ「具体的な人物」に共感し、最後にその人物が含まれる「市場の広がり」を確認するという、自然で顧客中心的な思考プロセスを辿ることができます。
これにより、後のステップで考える「価値提案」が、より顧客の心に響く、的を射たものになるのです。
それでは、各ステップでAIをどのように活用できるか、具体的なプロンプト例と共に見ていきましょう。
ステップ1 AIで掘り下げる『顧客ジョブ(JTBD)』- 隠れた動機を探る
「顧客は何を買っているのか?」この問いに対し、ジョブ理論は「顧客は製品やサービスそのものではなく、それによって片付けられる『用事(ジョブ)』を雇っている」と答えます。
顧客の表面的な属性だけでなく、この根本的な動機=ジョブを理解することが、顧客理解の鍵です。
AIは、顧客の言葉の裏にあるジョブを発見するための強力な分析ツールとなります。
AI活用法①顧客の声の分析
顧客インタビューの記録、レビューサイトのコメント、SNS上の発言など、顧客の「生の声」が含まれるテキストデータ(あるいは音声データ)を分析し、彼らが抱える具体的な「ペイン(悩み・不満・困りごと)」と「ゲイン(理想・願望・得たい快感)」を抽出します。
ジョブには「機能的(タスク達成)」「感情的(気分・安心感)」「社会的(見られ方・所属意識)」の3つの側面があります。これらの観点から分析するようAIに指示すると、より深い理解が得られます。
活用AI/ツール例
Claude 3.7 Sonnet, Gemini 2.5 Pro (長文読解、音声分析に強み), GPT-4o (構造化分析)
プロンプト例
役割: あなたは顧客インサイトの専門家であり、ジョブ理論に精通しています。
タスク: 以下の顧客インタビュー記録(またはレビューデータ)を分析し、顧客が抱えていると考えられる「機能的ジョブ」「感情的ジョブ」「社会的ジョブ」をそれぞれ特定してください。さらに、それぞれのジョブに関連する具体的な「ペイン(悩み、不満)」と「ゲイン(期待、願望)」をリストアップしてください。
分析対象データ:
[ここにインタビュー記録のテキスト、レビューデータ、または音声/PDFファイルを添付・入力。匿名化に注意]
出力形式:
1. 機能的ジョブ:[特定されたジョブ]
- ペイン:[具体的な記述]
- ゲイン:[具体的な記述]
2. 感情的ジョブ:[特定されたジョブ]
- ペイン:[具体的な記述]
- ゲイン:[具体的な記述]
3. 社会的ジョブ:[特定されたジョブ]
- ペイン:[具体的な記述]
- ゲイン:[具体的な記述]
AI活用法②深層心理の推測
顧客の言葉の表面だけでなく、その裏にある価値観や隠れた動機、言葉にしていないニーズなどを推測し、より深いレベルでの顧客理解を目指します。
AIに特定のペルソナになりきらせる「n1思考プロンプト」や、「なぜそう思うのか?」と問い続ける「深掘りプロンプト」(第2回参照)が有効です。
活用AI/ツール例
Claude 3.7 Sonnet (共感的な応答), GPT-4o (論理的な推測)
プロンプト例
役割: あなたは[分析対象の顧客に近いペルソナ像、例:新しいテクノロジーに少し不安を感じている中小企業の経営者]です。
状況: [あなたのサービスが解決しようとしている課題や状況]
タスク: この状況において、あなたが抱えるであろう、あまり人には言わないような「密かな悩み」や「本当はこうなってほしいという願望」について、一人称で語ってください。
AI活用法③ジョブの構造化・優先順位付け
抽出された複数のジョブ、ペイン、ゲインの関係性を整理し、顧客が最も重要視している(=お金を払ってでも解決したい)ジョブは何か、優先順位をつける手助けをします。
活用AI/ツール例
GPT-4o, Gemini 2.5 Pro (分析、構造化)
プロンプト例
役割: あなたは顧客ニーズ分析の専門家です。
タスク: 以下のリストアップされた顧客ジョブ、ペイン、ゲインに基づき、顧客が最も重要視していると考えられるジョブを3つ特定し、その理由を説明してください。また、これらの要素間の関連性(例:このペインを解消することが、あのゲイン達成に繋がるなど)を図示(テキストベースでOK)してください。
ジョブ・ペイン・ゲインリスト:
[ステップ1で抽出したリストを貼り付け]
このステップを通じて、あなたのアイデアが応えるべき、顧客の本質的な動機(ジョブ)が明確になります。
ステップ2:AIと創る『価値中心ペルソナ』- 顧客像をリアルに描く
顧客の「ジョブ」が見えてきたら、次は、そのジョブを抱えているであろう具体的な人物像=ペルソナを描き出します。
ペルソナは、チームメンバー間で顧客イメージを共有し、顧客視点での意思決定を促すための強力なツールです。
重要なのは、単なる属性情報(年齢、性別、職業など)の羅列ではなく、ステップ1で明らかになった「ジョブ」や「価値観」を核とした、生き生きとした人物像(価値中心ペルソナ)を描くことです。
AI活用法①ペルソナ草案の生成
ステップ1の分析結果(主要なジョブ、ペイン、ゲイン、示唆される価値観など)と、想定される基本的な属性情報をもとに、具体的なペルソナの骨子をAIに作成してもらう。
ゼロから考える手間を省き、多様な視点を取り入れる。
活用AI/ツール例
Claude 3.7 Sonnet, GPT-4o (創造性、文章構成力)
プロンプト例
役割: あなたは経験豊富なマーケターであり、ペルソナ作成の専門家です。
タスク: 以下の情報に基づいて、私たちの[ビジネスアイデア/サービス]の典型的なユーザーとなり得る「価値中心ペルソナ」の草案を1名作成してください。
ペルソナには、架空の名前、年齢、職業、家族構成、居住地などの基本属性に加え、特に彼/彼女が抱える主要なジョブ(機能的・感情的・社会的)、具体的なペインとゲイン、価値観、ライフスタイル、情報収集の方法、サービスへの期待などを具体的に記述してください。
人物像がイメージしやすいように、簡潔なストーリーや背景も加えてください。
ペルソナの基盤となる情報:
主要なジョブ/ペイン/ゲイン: [ステップ1の分析結果から抜粋]
想定される属性: [例:40代男性、地方在住、中小企業経営者]
その他特徴: [例:新しい技術導入に関心があるが、導入コストと効果に不安を感じている]
出力形式: 以下の項目を含むペルソナシート形式
名前:
写真イメージ(説明文):
基本属性:
ライフスタイル・価値観:
主要なジョブ(機能/感情/社会):
具体的なペイン:
具体的なゲイン:
情報収集の方法:
サービスへの期待:
背景・ストーリー:
AI活用法②ペルソナストーリーの作成・深化
生成されたペルソナ草案に、より具体的なエピソードや日常風景を加えることで、人物像に深みを与え、チームメンバーの共感を促す。ペルソナがどのような状況で、どのように考え、行動するのかを具体的にイメージできるようにする。
活用AI/ツール例
Claude 3.7 Sonnet (物語生成、感情描写)
プロンプト例
タスク: 先ほど作成したペルソナ『[ペルソナ名]』が、[特定の状況、例:競合の類似サービスを知った時]に、どのような思考プロセスを経て、どのような感情を抱き、最終的にどのような行動をとるかを、短いストーリー形式で描写してください。彼の価値観や抱えるジョブが行動にどう影響するかを意識してください。
ペルソナ情報:
[作成したペルソナ情報を貼り付け]
AI活用法③ペルソナの多様性検討
一つのペルソナ像に固執せず、同じようなジョブを抱えながらも異なる属性や価値観を持つ可能性のある別のペルソナ像を検討することで、顧客理解の視野を広げ、アプローチの多様性を確保する。
活用AI/ツール例
GPT-4o, Gemini 2.5 Pro (分析、多様な視点の提示)
プロンプト例
役割: あなたは多様な顧客層に詳しいマーケティングリサーチャーです。
ペルソナ1: [作成したペルソナの概要]
主要なジョブ: [ペルソナ1が抱える主要なジョブ]
タスク: 上記の主要なジョブを抱えている可能性のある、ペルソナ1とは異なる属性(例:年齢層、職業、ライフスタイルなど)を持つ別の顧客像(ペルソナ2の候補)を2つ提案してください。それぞれの候補について、なぜ同じジョブを抱えていると考えられるのか、その理由も説明してください。
AI活用法④ペルソナの視覚化(画像・動画生成)
作成したペルソナ像を、AIを使って画像や動画として視覚化することで、よりリアルに捉え、チーム内でのイメージ共有を促進し、共感を深める。
顔写真イメージ生成
ペルソナの属性(年齢、性別、雰囲気など)やライフスタイルをプロンプトとして画像生成AI(Midjourney, DALL-E 3, Stable Diffusionなど)に入力し、ペルソナの顔写真風のイメージを生成する。
コンセプト動画生成
ペルソナの日常や、あなたのサービスを利用するシーンなどを簡単なシナリオにし、動画生成AI(Sora, Veo 2など、アクセス可能であれば)に入力して、コンセプトを伝える短い動画を作成する。(将来的な活用として期待)
プロンプト例 (画像生成向け – ペルソナ記述活用)
役割: あなたは写実的なポートレートを描くのが得意なイラストレーターです。
タスク: 以下のペルソナ記述を読み込み、この人物の特徴を最もよく表すような顔写真風の画像を生成してください。服装や背景もペルソナのライフスタイルに合わせてください。
ペルソナ記述:
[作成したペルソナのテキスト記述(名前、年齢、職業、ライフスタイル、価値観、性格が分かる部分など)を貼り付け]
<補足>
ペルソナのテキスト記述をそのまま活用することで、細かい外見描写を考える手間を省きつつ、ペルソナの本質的な特徴を反映した画像を生成しやすくなります。
生成された画像や動画は、あくまでペルソナの本質(ジョブ、価値観など)を補完し、理解を助けるためのツールとして活用しましょう。外見のイメージに囚われすぎないことが重要です。
このステップで描かれたリアルなペルソナ像は、今後のあらゆる意思決定(価値提案、マーケティング、UIデザインなど)において、「この判断は、[ペルソナ名]さんにとって本当に価値があるだろうか?」と立ち返るための基準となります。
ステップ3 AIで捉える『顧客セグメント』- 市場の輪郭を把握する
具体的なペルソナ像が描けたら、次にそのペルソナが市場全体の中でどのような位置づけにあるのか、つまりどのような顧客セグメント(顧客グループ)を代表しているのかを把握し、その市場性(規模や魅力)を評価します。
ペルソナで深く掘り下げた後、その顧客層がビジネスとして成り立つだけの広がりを持っているかを確認するステップです。
AI活用法①セグメント特徴の特定
作成したペルソナの属性情報、価値観、ライフスタイル、抱えるジョブなどを基に、そのペルソナが属すると考えられる顧客セグメントの共通の特徴を定義する。
活用AI/ツール例
GPT-4o, Gemini 2.5 Pro (分析、要約)
プロンプト例
役割: あなたは市場セグメンテーションの専門家です。
ペルソナ情報: [作成したペルソナ情報を貼り付け]
タスク: このペルソナが代表すると考えられる顧客セグメントについて、その主な特徴を以下の観点から整理し、リストアップしてください。
デモグラフィック属性(年齢層、性別比、居住地域、所得層、職業など)
サイコグラフィック属性(価値観、ライフスタイル、興味関心、パーソナリティなど)
行動特性(情報収集方法、購買決定要因、サービス利用頻度など)
抱えている共通のジョブ・ペイン・ゲイン
AI活用法②市場規模・関連データの調査
特定されたセグメントが、事業としてターゲットにする価値のある規模を持っているか、成長性はあるかなどを、公開されている統計データや調査レポートに基づいて評価する。
活用AI/ツール例
Gemini 2.5 Pro (Deep Research), Perplexity (情報源付き調査)
プロンプト例
役割: あなたは市場調査アナリストです。
タスク: [ステップ3-1で特定したセグメントの特徴、例:『テクノロジーに関心が高く、業務効率化を求める地方の中小企業経営者(40-50代)』]に合致する顧客層の、日本国内における推定市場規模、関連する公的統計データ、および近年の市場成長率に関する情報を調査し、要約してください。信頼できる情報源も併記してください。
AI活用法③関連・隣接セグメントの探索
現在注目しているセグメントだけでなく、類似のジョブを抱えている可能性のある他のセグメントや、将来的にターゲットとなり得る隣接市場の可能性を探る。
活用AI/ツール例
GPT-4o, Gemini 2.5 Pro (発想、推論)
プロンプト例
役割: あなたは新規市場開拓のコンサルタントです。
中心セグメント: [ステップ3-1で特定したセグメントの特徴]
主要なジョブ: [そのセグメントが抱える主要なジョブ]
タスク: 上記の主要なジョブを、中心セグメントとは異なる属性や状況を持つ他の顧客セグメントも抱えている可能性はありますか?もしあれば、どのようなセグメントが考えられ、どのようなアプローチが有効か、アイデアを3つ提案してください。
このステップにより、ペルソナという「点」の理解から、セグメントという「面」の理解へと視野を広げ、事業のターゲット市場をより戦略的に捉えることができます。
ステップ4 AI活用のポイントと注意点
顧客理解のプロセスでAIを活用する際には、以下の点に留意しましょう。
思考の順番の重要性
今回提案した「ジョブ→ペルソナ→セグメント」という流れは、顧客中心の思考を促し、価値提案に繋がりやすい有効なアプローチの一つです。
この流れを意識することで、分析が表面的になるのを防ぎます。
複数ツールの連携
各ステップで得意なAIツールは異なります。
調査にはGeminiやPerplexity、分析や構造化にはGPT-4oやGemini、ペルソナの描写や共感にはClaudeといったように、タスクに応じてツールを使い分け、それぞれの出力を次のステップの入力情報として活用することで、プロセス全体の質と効率を高めることができます。(第3回「複数AI/ツールの連携」参照)
インプットデータの質
AIの分析精度は、入力される情報(インタビュー記録、レビュー、調査データなど)の質と量に大きく依存します。
AIだけに頼らず、質の高い一次情報(直接の顧客の声など)を収集する努力も並行して行いましょう。
AIは仮説生成パートナー
AIが生成するジョブの解釈、ペルソナ像、セグメント分析は、あくまで現時点での「仮説」です。
これらの仮説を鵜呑みにせず、実際の顧客へのインタビュー、アンケート調査、プロトタイプのテストなどを通じて検証し、必要に応じて修正していくプロセスが不可欠です。
プライバシーと倫理
顧客インタビューの記録やレビューデータなどを扱う際は、個人情報保護に関する法令やガイドライン、倫理を必ず遵守し、匿名化処理など適切な配慮を行いましょう。
まとめ 顧客理解こそが成功の鍵
今回は、生成AIを活用して顧客理解の解像度を飛躍的に高めるための具体的なステップとして、「顧客ジョブ(JTBD)の発見」「価値中心ペルソナの作成」「顧客セグメントの把握」という流れと、それぞれのAI活用法、プロンプト例をご紹介しました。
あなたのビジネスアイデアが、「誰の」「どんな用事」を解決するものなのか。
その顧客はどんな人物で、市場にはどれくらい存在するのか。
これらの問いに対する解像度を高めることこそが、事業成功のための揺るぎない土台となります。
AIという強力なパートナーと共に、未来のお客様の姿をより深く、よりリアルに描いていきましょう。
次回は、【第5回】「AIと磨く価値提案:顧客に刺さる『選ばれる理由』の作り方」と題し、今回明らかにした顧客像に向けて、AIと共に独自の価値提案(Value Proposition)を創り上げるプロセスを探求します。
顧客理解という羅針盤を手に入れた今、いよいよあなたのビジネスの「核」となる価値を定義するステップです。どうぞお楽しみに!