「あの人しか知らない」を放置するコストは、毎日少しずつ積み上がっています。担当者の頭の中にある判断の根拠——それを「暗黙知」といいます。言語化できていない知識は、異動・退職のたびに消えます。AIを使えば、聞いて・まとめて・更新する仕組みを今すぐ始められます。

皆さんこんにちは!AIコンサルタント(中小企業診断士)の津田です。

「担当者が替わったら、お客様に『また最初から説明ですか』と言われてしまいました」——BtoBのサービス業や商社でよく起きる場面です。業務の記録はある。対応ログもある。でも「なぜこのお客様にはこの対応をするのか」「この案件ではどこまで踏み込んでいいのか」——そういう判断の根拠は、担当者の頭の中にしかない。

支援の現場でわかったことがあります。「AIを導入したのに現場で使われない」という声の裏側に、「そもそも業務のやり方が言語化されていない」という問題が潜んでいることが多い。情報はあっても、判断の文脈がなければ、AIも人も使いこなせません。

暗黙知はどこに潜んでいるか

暗黙知とは、「言葉にするのが難しい知識」のことです。ルールや手順ではなく、経験から生まれた判断のクセや感覚——「この場合はこう動く」「このお客様はここを気にする」といった、ベテランが自然にやっていることが含まれます。

BtoBビジネスではとくに、次のような場面で暗黙知が問題になります。

これらは「業務は回っている」けれど、「特定の人に依存している」状態です。2025年版中小企業白書(中小企業庁)でも、中小企業における人材育成の課題として「ノウハウの蓄積・伝承の難しさ」が指摘されています(2026年6月時点)。

放っておくとどうなるか

暗黙知問題を放置したとき、最初に起きるのは「対応品質のブレ」です。担当者が替わるたびに、微妙に提案内容や対応の丁寧さが変わる。お客様から「以前の担当者のときと話が違う」という指摘が入り始めます。

次に起きるのが「育成コストの肥大化」です。新人が「これはどうすればいいですか?」と毎回聞くしかない環境では、教える側の時間も奪われます。AIやシステムを導入しても「どう使えばいいかわからない」が続くのも、この「やり方が共有されていない」問題と根は同じです。

そして、異動や退職をきっかけに問題が一気に表面化します。「引き継ぎ資料はあったが、本当に大事なことが書かれていなかった」——この後悔は事前に防げます。

私が支援するある商社では、ベテラン担当者が特定の取引先対応を長年ひとりで担っていました。他の社員は「あの取引先はBさんに任せておけばいい」と思っていたのが実態。退職が決まってから初めて「Bさんの知識を移す時間が足りない」と気づき、急ごしらえの引き継ぎになってしまいました。

[図解]暗黙知の問題と解決の構造

暗黙知の問題と解決の構造 暗黙知が個人に留まる問題の状態と、AIを使って引き出し・組織共有する解決策の比較図 現状(放置) 判断基準・コツが「個人の頭の中」に留まる 「あの人に聞いて」が唯一の解決策になる 対応品質のブレ・育成コスト増 → 異動・退職でリスクが一気に顕在化 解決(AI活用) AIインタビューで判断基準・コツを言語化 Q&A型マニュアル化・チームで共有 誰でも同じ品質で対応・AIも活用しやすくなる → 人に依存しない業務の仕組みができる
暗黙知を言語化することで、AIも人も「仕事のやり方」を使えるようになる

手動パターン:Claudeで5分のQ&A型インタビューをする

「マニュアルを作りたいが、何を書けばいいかわからない」——多くの場合、書く前に「引き出す」プロセスが必要です。

Claudeに次のようにお願いすると、インタビュー質問のリストが出てきます。

「私は○○業(例:BtoBのシステム販売)をしています。長年担当している社員が、業務のコツや判断基準を言語化できずにいます。この社員に何を聞けば、後輩でも同じ対応ができるようになりますか?初心者が判断に迷いやすい場面に絞って、インタビュー質問リストを作ってください。」

このリストを使って、担当者に5〜10分だけ話してもらいます。録音しておいてClaudeに「Q&A形式のマニュアルにまとめて」と渡せば、たたき台が完成します。「うまく説明できない」と思っていた内容も、質問形式にすることで言葉になりやすい。

自動化パターン:Claude Coworkで更新し続ける仕組みをつくる

マニュアルは作って終わりではなく、現場に合わせて育てていくものです。

Claude Coworkを活用すると、「現場でイレギュラーが起きたとき、担当者が3行メモをするだけで、マニュアルの該当箇所を自動更新する」仕組みが組めます。「書く手間を最小にしながら、知識を積み上げていく」という運用が現実的になります。

どちらのパターンでも、最初のステップは「聞いて、文字にする」ことです。AIが整理と更新を担ってくれます。

使える公的支援

デジタル化・AI導入補助金(旧:IT導入補助金)(経済産業省・中小企業庁)

2026年度より名称が変更されました。ナレッジ管理や業務標準化を目的としたAIツール・クラウドサービスの導入が対象になるケースがあります。

公式:https://it-shien.smrj.go.jp/about/(2026年6月時点・最新情報は公式サイトで要確認)

制度の要件は年度ごとに更新されます。詳細はお気軽にご相談ください。

S-06シリーズ 全記事一覧

このシリーズでは、採用・定着・育成・属人化の各課題を1記事ずつ深掘りします。

経営課題×AIシリーズ(人材・組織編)
  1. [S-06-00] 全体地図——採用・定着・育成の3課題とAIで変えることの全体地図
  2. [S-06-01] 採用——求人を出しても誰も来ない。「選ばれる会社」に変わる方法
  3. [S-06-02] 採用——給与で大手に勝てない。「ここで働く理由」を言葉にする
  4. [S-06-03] 定着——入社3ヶ月で辞める。「離職の本当の理由」をAIで早期に察知する
  5. [S-06-04] 定着——「職場の不満が言えない」をなくす。AIで心理的安全性のある組織をつくる
  6. [S-06-05] 育成——「先輩の背中を見て学べ」は限界。AIで育成を標準化する(近日公開)
  7. [S-06-06] 属人化——ベテランが休むと仕事が止まる。AIでノウハウを組織の資産に変える(近日公開)
  8. [S-06-07] 属人化——「あの人しか知らない」をなくす。暗黙知を引き出してマニュアル化する(この記事)

「自社の場合はどこから?」は個別にご相談ください。

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まず一歩だけ

「あの人しか知らない、は仕方ない」で止まっている会社は多い。でも、それを放置するコストは毎日少しずつ積み上がっています。

まず一人、「この人に退職されたら困る」という人を思い浮かべてください。Claudeを開いて「この人が知っているコツをインタビューするための質問リストを作りたい。業務内容は○○です。」と入れてみてください。リストが出てきます。それを5分間の会話のメモとして使ってみる。その一歩が、マニュアル化の始まりです。

よくある質問

Q. マニュアル化はどこから始めればいいですか?

「この人が急に休んだら困る」と思う人を1人思い浮かべてください。その人の業務のうち、最も判断が読みにくいもの(例:クレーム対応のさじ加減、取引先ごとの交渉ルール)を1テーマ選んでClaude(claude.ai)にインタビュー質問を作ってもらうところから始めます。全体のマニュアルを完成させようとすると動けなくなります。「1人×1テーマ×5分」が最初の一歩です。

Q. 「うまく説明できない」と言う担当者に、どう聞き出せばいいですか?

「マニュアルを書いて」と頼むのではなく、「3つだけ聞かせてほしい」という質問形式に変えるのがコツです。Claudeが作ったインタビューリストを使い、「最近、ちょっと難しかった判断は何ですか?」「そのとき、何を判断材料にしましたか?」と聞くと答えやすくなります。録音して後でClaudeに貼り付け、「Q&A形式のマニュアルに整理して」と渡せば十分です。

Q. 暗黙知のマニュアル化にAI導入補助金は使えますか?

2026年度より名称が「デジタル化・AI導入補助金」に変更されたIT導入補助金では、ナレッジ管理・業務標準化を目的としたAIツールやクラウドサービスの導入が対象になる場合があります。制度の要件は年度ごとに更新されるため、詳細は公式サイトでご確認いただくか、お気軽にご相談ください。