前回は、FAX注文書の相手先品番を、根拠を抜き出させてから自社品番に読み替える方法を扱いました。今回は、取引先ごとの掛け率や締め日といった「会社のルール」を、Claudeに読ませたままにしておく方法です。材料になるのは、第2回で作った受注業務マニュアルです。
佐藤さんの困りごと ― 「『いつもの条件で』が、私の頭の中にしかない」
水曜の午後、A社の購買担当の方から電話がありました。「佐藤さん、いつものやつ50個、来週の水曜までにお願いします」。
「いつもの」と言われると、頭の中で確認が始まります。A社は掛け率85%、締め日は20日、納品書には先方の発注番号を書く。あの品番だけは特別価格だったはず……。電話を切ってから、Excelの条件一覧と過去のメールを見比べて、確認が終わるまで15分かかりました。間違えないように、田中さんにも見てもらって二重にチェックするので、さらに時間がかかります。しかも、その一覧には「85%」という数字は書いてあっても、「なぜその価格なのか」「誰がいつ決めたのか」は書いてありません。
取引先は約40社あり、条件は会社ごとに少しずつ違います。半分くらいは、私の記憶が頼りです。最近は事務の田中さんが電話を取る日もあって、「B社の締め日っていつでしたっけ」と聞かれるたびに、私の手が止まります。私が休んだ日、同じことを聞かれた人は誰に聞けばいいのだろう。そう考えると、少し不安になりました。
やってみた ― ルールを一冊にまとめて、プロジェクトに置く
最初は、ふつうのチャットに条件を貼って、そのつど聞くやり方を考えました。でも、条件一覧にあるのは数字ばかりで、「なぜ特別価格なのか」「分納のときはどうするのか」といった判断の中身は書かれていません。貼っても、AIが答えられない部分が残ります。しかも、聞くたびに貼り直すのは面倒で、貼り忘れも起きそうです。
そこで、順番を変えました。まず社長と相談して、AIに入れてよい情報の線引きを決めました(理由は後で書きます)。掛け率や単価の数字、担当者の個人名は入れないことにして、前回までに作った受注業務マニュアルの「判断基準」「例外」の部分と、数字を消した条件のメモを材料に、取引先ごとのルール集をAIに作ってもらいます。
<マニュアル> (受注業務マニュアルの「判断基準」「例外」の部分を貼り付け) </マニュアル> <条件一覧> (数字と個人名を消した、取引先ごとの条件のメモを貼り付け) </条件一覧> 上の資料をもとに、取引先ごとのルール集を作ってください。 ・取引先ごとに「価格の決め方(数字は書かない)」「締め日・支払条件」「特別価格の対象」「納品書の書き方」「例外・注意点」「そのルールの理由」「確認した日と決めた人」に分けてください ・「全社共通の基本ルール」と「取引先ごとの例外」は、別の見出しに分けてください ・資料に書かれていないことは書き足さず、「要確認」と書いてください ・取引先名は「A社」「B社」のままにしてください
できあがったルール集は、A4で3ページほど。「そのルールの理由」の欄が付いていました。「A社の特別価格は、年間契約をいただいている見返り」のように、マニュアルの判断基準から理由が拾われています。「要確認」は9か所。田中さんと営業の山本さんにも聞いて6か所は埋まり、残りの3か所は「要確認」のまま残しました。
次に、Claudeの「プロジェクト」という機能で「受注ルール相談」という作業部屋を作り、このルール集を資料として入れました。プロジェクトには、資料のほかに、その中のチャットすべてに共通して効く指示文も書いておけます。そこには、次の文章を入れました。
あなたは、金属部品加工会社の受注事務を手伝うアシスタントです。 プロジェクトの資料「取引先ルール集」に書かれている内容だけを根拠に答えてください。 ・回答は「結論」「根拠にしたルール」「人が確認すべき点」の順に書いてください ・根拠にしたルールは、ルール集の文章をそのまま引用してください ・ルール集に書かれていないことは推測せず、「ルール集に書かれていません」と答えてください ・「要確認」と書かれている項目は、確認が必要だと必ず伝えてください ・最終的に決めるのは担当者です。迷うときは、決めずに選択肢を並べてください
あとは、プロジェクトの中で新しいチャットを開いて、ふつうに質問するだけです。「A社から電話で『いつものやつ50個、来週水曜まで』と言われました。確認しておくべき条件を教えてください」と打つと、答えは3つに分かれて返ってきました。
A社の価格の決め方、締め日、納品書の書き方が、ルール集の文章の引用つきで並びました。掛け率の数字は入れていないので「数字は販売管理システムで確認してください」、さらに「『いつもの』がどの品番を指すかは、ルール集に書かれていません。過去の注文履歴で確認してください」と添えてありました。探し回る作業が、引用を見て確かめる作業に変わりました。
なぜ「判断基準」をプロジェクトに置くのか
佐藤さんが使ったのは、Claudeのプロジェクトです。資料(プロジェクトの知識)と指示文を置いておくと、その中で開いたチャットが、それらを踏まえて答えます。タイトルには「覚えさせる」と書きましたが、AIが記憶して賢くなるわけではありません。毎回、置いてある資料を読み直して答えているイメージです。だから、ルール集を直せば、次のチャットから答えも変わります。
ルール集を貼れば、ふつうのチャットでも同じ答えは出ます。プロジェクトに置く価値は、貼り直しや貼り忘れがなくなること、指示文も固定されて誰が聞いても同じ形で返ってくることです。TeamやEnterpriseなどの会社向けのプランなら、同僚と共有して、「見るだけ」「編集もできる」の権限も分けられます。無料のプランでもプロジェクトは作れますが(上限5つ)、共有はできません。仕様は更新されていくので、最新の公式ヘルプもご確認ください(2026年10月時点)。
もうひとつ大事なのが、何を置くかです。数字だけの一覧ではなく、「理由つきの判断基準」を置きます。公式ドキュメントには、「禁止」とだけ書くより、理由を添えたほうがよいという例が載っています。
公式ドキュメントより①
"Claude can generalize from the explanation."
(訳:Claudeは、添えられた理由をもとに、似た場面にも当てはめて考えられます)
出典:Claude Platform Docs「Prompting best practices」(Add context to improve performance)
https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/claude-prompting-best-practices
※開発者向けの文書ですが、ルール集に「理由」を書く場面でも考え方は同じです。
受注に置き換えると、「A社は標準価格から割り引く」だけでなく「年間契約をいただいているので割り引く」と書く、ということです。契約にない品番を聞かれたとき、「特別価格の対象か確認が必要です」と気づく手がかりが増えます。ただし、気づく保証はないので、指示文に「書かれていないことは推測しない」を入れておきます。
置く量にも、考え方があります。
公式ドキュメントより②
"the smallest possible set of high-signal tokens"
(訳:判断に効く情報だけを、できるだけ少なく)
出典:Anthropic Engineering「Effective context engineering for AI agents」(2025年9月29日公開)
https://www.anthropic.com/engineering/effective-context-engineering-for-ai-agents
※AIエージェントを作る開発者向けの解説です。AIに渡す情報は、多ければよいわけではない、という趣旨です。
判断しているのは誰か、も整理しておきます。掛け率や特別価格を決めるのは、社長や山本さん、佐藤さんです。AIは、人が決めたルール集から該当部分を探して当てはめ、書かれていなければ「書かれていません」と返す役です。前回の2段階方式は、手順を人が決めて根拠を並べさせるやり方でした。今回は、人が決めたルールを当てはめさせるやり方です。どちらも、最終的な判断は人が持ちます。
私が支援している現場でも、取引条件を間違えないよう、システムを入念に確認し、ファイルを探し回り、2人でダブルチェックしているところがあります。ただ、時間がかかっているようです。ルール集を白紙から書くのは大変です。「取引条件を説明してください」と言われると詰まる担当者の方が、質問を重ねると「そういえばこの会社は……」と次々に思い出してくださいます。佐藤さんがマニュアルを材料に、AIに形にしてもらったのは、そのためです。
私自身も、事業構想支援ツールMiraizConceptの開発では、AIの精度が今ほど高くなかったこともあり、コーディングのルール、同じ失敗を繰り返さないためのチェックリスト、思考の手順や判断基準を文章にして、AIに渡して使っていました。受注のルール集も同じ考え方です。
つまずきやすいのは、最初から全社を入れようとすること、古いルールのままにすることです。まず3社から始めてください。AIは古いルールでも落ち着いた口調で答えるので、「確認した日」の欄を作って月に一度は見直します。ルール集は販売管理システムの単価マスタとは別物なので、どちらを正とするか決めないと二重管理になります。金額の計算は、Excelや電卓で確かめてください。
佐藤さんの不安 ― 「お客さんの金額や情報を、AIに入れて大丈夫?」
正直に言うと、いちばん気になったのはここでした。見積書や請求書の金額、取引先の情報、担当の方の名前。個人情報やセキュリティは大丈夫なのか、と手が止まりました。
佐藤さんのような不安は、私が支援している現場でも聞きます。私は、機微な情報はAIでは使わない、を基本にしています。そのうえで、「個人情報は入れない」と一括りにせず、2つに分けて考えるようお伝えしています。人の情報をどう扱うかという個人情報保護と、情報が漏れたり勝手に見られたりしないよう守る情報セキュリティです。
個人情報保護の面では、何が機微な情報なのかは会社ごとに違うので、会社として基準を作ります。そして、入れてよい情報と入れない情報を、できるだけ細かく決めます。佐藤さんの会社は、社長と相談して、締め日や納品書の書き方、例外の理由は入れてよい、掛け率や単価の数字、担当者の個人名や連絡先は入れない、と決めました。ルール集に金額の数字がないのは、そのためです。
情報セキュリティの面では、権限や設定を理解して使います。個人向け(Free・Pro・Max)は、設定の「Help Improve our AI models」のスイッチで、学習に使うかどうかを選べます。オフにすると新しいチャットは将来の学習に使われません(安全確認のために選ばれた会話などは例外。2026年8月3日更新の公式案内)。現在の状態は設定画面で確かめてください。会社向け(Claude for WorkやAPIなど)は、入力と出力を既定では学習に使わないと公式に書かれています(フィードバックを送った場合などは例外。2026年8月18日更新)。共有は「見るだけ」から始めます。
そして、ツールの使い方にも注意します。どのプランのどのツールに入れるかで、情報の扱いは変わります。会社として使ってよいツールを決めてください。契約上の守秘義務などの扱いは、私は法律の専門家ではないので、弁護士などにご相談ください。
今回の部品:取引先ルール集
締め日・納品書の書き方・特別価格の考え方・例外を、理由と確認日つきで書いた判断基準です(金額の数字は入れていません)。全体フロー図の②「条件・履歴の確認」が埋まりました。この部品は、最後に組み上げる受注エージェントの「知識」になります。
自社でやるなら
30分で試せる一歩があります。先に、AIに入れてよい情報の線引きを会社で決めておきます。そのうえで、取引先を3社だけ選び、締め日や納品書の書き方、例外を箇条書きにして(金額の数字は入れません)、それぞれに「理由」と「確認した日」を添えます。それを上のプロンプトでAIに整えてもらい、Claudeの「プロジェクト」を作って入れます(作り方は公式ヘルプをご覧ください)。取引先名は仮名にしておくと安心です。
そのうえで、最近あった電話注文を2〜3件、そのまま聞いてみてください。答えが頭の中と違ったら、ルール集に書かれていない判断が見つかった、ということです。追記して、また聞いてみましょう。全社分を一気にそろえず、1社ずつ増やせば十分です。
次回は、条件の分からない「初めての取引先」を、本当に取引して大丈夫か、AIで多角的にチェックする方法です(第5回はこちら)。
※本記事はAIを活用して作成しています。登場する「ミナト精工」「佐藤さん」は架空の設定です。